「自宅や不動産があるから、いざという時もなんとかなるだろう」——そう思っていませんか? しかし、ある日突然、家族が大病で倒れて事業をやめざるを得なくなったとき、想像もしなかった「お金の落とし穴」が待ち受けていることがあります。 特に見落とされがちなのが、事業用の借入金や店舗の原状回復費用です。これらは事業の閉鎖と同時に一括返済・即時支払いを求められるケースが少なくありません。
今回は、ご主人が突然の脳梗塞で倒れ、急な閉院と不動産のたたき売りによって大きな損失を出してしまった60代ご夫婦の実例をご紹介します。
今回の相談背景
ご相談に来られたのは、60代半ばの奥様でした。 開業医として地域医療を支えていたご主人が、ある日突然「脳梗塞」で倒れてしまったのです。幸い一命は取り留めたものの、医師としての診療継続は難しく、急遽クリニックを閉院せざるを得なくなりました。
奥様はこれまでクリニックの経営には一切携わっておらず、専業主婦として家庭を支えてこられました。
しかし、クリニックの閉院に伴い、事業用の借入を一括で返済する必要が生じ、さらに閉院時の原状回復費用も重なったため、不動産の売却が遅れると手元の現金が不足しかねない状況が奥様にふりかかりご相談を受けました。

ご家庭の主な資産は、現金が約2,500万円、不動産(実勢価格)が約8,000万円、保険金等が3,600万円。一方で、事業用借入が3,000万円、住宅ローンが1,500万円、クリニックの原状回復費用が500万円ほどありました。単純に足し引きすれば資産が負債を上回っており、表面上は「資産超過」に見える状態でした。
一見すると問題がなさそうだった理由
資産の合計額は借入・債務の合計額を上回っていたため、数字だけを見れば「特に心配はなさそうだ」と感じても不思議はありません。実際、当初の具体的な検討内容については資料からは確認できておらず、差し迫った危機感を持ちにくい状況だったと考えられます。
実際に隠れていた問題

しかし、実際には次のような問題が同時に進行していました。事業用の借入は、多くの契約で「廃業・事業停止」が期限の利益の喪失事由とされており、閉院と同時に一括返済を求められる可能性がありました。加えて、ご主人様の判断能力について将来的に意思確認が難しくなるリスクがあり、対応には時間の制約がありました。不動産を急いで現金化する必要が生じたため、通常の介入ではなく買取業者経由の売却となり、実勢価格8,000万円に対して売却価格は6,800万円にとどまりました。さらに、奥様は60代半ば・無収入の状態だったため賃貸の入居審査のハードルが高く、最初に申し込んだ物件では契約に至りませんでした。
「資産が借金より多い」という表面上の数字だけでは見えない、時間的制約と手続き上の制約が、今回の事例の核心です。
中心となる制度・評価方法の説明
今回の事例を理解するうえで欠かせないのが「成年後見制度」です。これは、判断能力が低下した方の財産管理や契約行為を支援する法律上の仕組みで、大きく分けて2種類あります。判断能力が低下した後に家庭裁判所が後見人等を選任する「法定後見制度」と、判断能力があるうちに本人が将来の後見人となる人と支援内容を公正証書で契約しておく「任意後見制度」です(法務省)。
また、成年被後見人となった方の居住用不動産を売却・賃貸・担保設定する場合には、家庭裁判所の許可が必要であり、許可を得ずに行った処分は無効になるとされています(裁判所公表資料)。今回のケースでは幸い意思確認の結果に問題がなかったため法定後見の手続きには至りませんでしたが、一歩間違えれば家庭裁判所の許可というもう一段階の手続きが必要になっていた可能性があります。
制度の条件・メリット・費用・注意点
法定後見開始の審判は、申立てから開始まで多くの場合4か月以内とされており、判断能力が低下してから制度の利用を開始するまでに一定の期間がかかります(法務省)。この間、財産の管理や重要な契約行為が事実上止まってしまうことがあります。
司法書士は、不動産取引における本人確認・意思確認の実務を担う専門家であり(日本司法書士会連合会)、今回のように「まだ間に合うかどうか」を見極める場面で重要な役割を果たします。なお、不動産の「買取」による売却は現金化のスピードが速い一方、価格が市場実勢より低くなる傾向があります。これは公的な制度ではなく一般的な業界慣行である点にご留意ください。
また、高齢の方は法律上「住宅確保要配慮者」と位置づけられており、入居を拒まない登録住宅や、見守り支援のある「居住サポート住宅」、相談・家賃債務保証を行う「居住支援法人」といった仕組みがあります(国土交通省)。こうした制度を知っているかどうかで、住まい探しの選択肢は大きく変わります。
これらの制度は、使えば必ず有利になるというものではなく、ご家庭の状況や契約内容によって最適な選択肢は異なります。個別の判断は専門家への確認が必要です。
当社が実際に行った調査・整理・支援
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司法書士による意思確認(資産凍結の防止)
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ご主人が脳梗塞を発症されていたため、今後の認知機能低下や後遺症により契約行為ができなくなる(事実上の資産凍結)リスクがありました。そのため、即座に司法書士を手配し、ご本人の意思確認を確実に完了させました。
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買取業者による早期現金化のサポート
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返済期限に間に合わせるため、適正な条件で迅速に買い取れる不動産会社を選定し、6,800万円での現金化を実現しました。
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賃貸物件の契約サポート
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親戚の方に連帯保証や協力体制をとっていただくことで入居審査をクリアし、無事に住み替え先を確保しました。
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原状回復費用の見直し・交渉
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当初500万円と見積もられていたクリニックの原状回復費用について、業者を再選定・相見積もりを行い、380万円まで削減(120万円の減額)に成功しました。
専門家との役割分担
司法書士がご主人様の意思確認を実施し、結果は問題ないことが確認されました。融資契約の条件確認は金融機関、税務面の確認は税理士など、それぞれの専門分野に応じた確認が並行して必要になる場面でした。
最終的な解決内容

意思確認が完了し、不動産は買取業者へ6,800万円で売却して現金化されました。奥様は親戚の協力を得て賃貸物件の契約にこぎつけました。また、原状回復費用については業者を再選定した結果、500万円から380万円まで圧縮することができました。
この事例から学べること
事業や不動産の出口戦略は、家族が倒れてからでは選択肢が極端に狭まってしまいます。「まだ元気だから」と思わず、元気なうちから専門家へ相談し、万が一の際のシミュレーションを行っておくことが大切です。また、判断能力低下の兆候が見えた時点でどれだけ早く専門家に相談できるかによって、資産をじっくり整理できる余地は大きく変わります。緊急売却は価格面で不利になり得ること、そして高齢・無収入の状態での賃貸契約は想像以上にハードルが高いことも、知っておいて損はないポイントです。
チェックリスト
- 配偶者の事業用借入の残高と返済条件を把握していますか
- 自宅や収益不動産の名義と評価額を把握していますか
- 任意後見契約や家族信託など、判断能力低下に備えた準備はありますか
- 急な現金化が必要になった場合の「仲介」と「買取」の違いを理解していますか
- 高齢・無収入時の住まい確保について、相談できる窓口(居住支援法人等)を知っていますか
まとめ
今回のようなケースは、特別な事情がある家庭だけの話ではありません。事業を営むご家族がいる場合、あるいはご自身やご家族の判断能力に少しでも不安を感じ始めた場合には、早めに事実関係を整理しておくことが、後々の選択肢の広さにつながります。もし同じような不安をお持ちでしたら、司法書士や弁護士、税理士など、状況に応じた専門家へのご相談をおすすめします。当社でも、こうした整理や専門家との橋渡しについてご相談を承っております。
専門家への個別確認が必要な事項:融資契約上の期限の利益喪失条項の内容(金融機関・顧問税理士)/任意後見契約や家族信託の要否(司法書士・弁護士)/不動産売却時の税務上の取り扱い(税理士)
